昔、過食症でした。治りました。

22~29歳位の間過食症でした。

大学生3年生の頃から少しずつ過食症になり。社会人に入ってから食べて吐くの過食の日々が始まりました。
その時は、実家から仕事に通っていたのですが、環境を変えたいという思いと、家から自立したい、やりたかったスポーツインストラクターになりたいと言う思いが重なり、実家を出て東京での一人暮らしが始まりました。

仕事仲間にも恵まれ、お客様にも恵まれましたが、過食症は一向に治りませんでした。一人暮らしは誰にも見られていないため、過食症の症状をより酷くさせました。
治したいと思えば思うほど、食事の呪縛から抜け出せず1日3食はもとより、仕事のない日は常に食べ常に吐き、外出先でも食べては吐く程でした。
一回で食パン1斤、ラーメン2袋、菓子パン2個、チョコレート2箱、牛丼1杯は一気にお腹に詰め込んでは吐いていました。3食その繰り返しでした。
食べまいと我慢すると震えがおきました。悔しくて泣く日々でした。

それが、治ったのです。

どうして治ったのかというと。はっきりした、原因はわかりません。

気づいたら治っていました。過食をしなくなって既に10年以上経ちますが、過食をしたいとも思いません。当時はストレスや疲れがあると過食をしていました。今は、疲れたらお風呂に入り早く寝ねることが幸せで頭の思考がそっちに向いています。

あの時の自分に今の私がもし声をかけるなら

「深く悩んでも何の意味もないよ。自分を責めても何も変わらないよ。」
「大丈夫。大丈夫。あなたは大丈夫だから。」

「急に社会人になりついていけないんだよね。色々なことに違和感があるんだよね。そこは自分を責めるところじゃないよ。違和感があることは大切なことかもしれないよ。
あなたにはあなたのペースがある。不器用でいい。旨く出来なくていい。何を大切に生きるの?そこが大切かもよ。
今日1日の出来事をひとつひとつゆっくりやっていくこと。階段ひとつひとつ登ったら景色が変わっていくから。大丈夫。大丈夫。自分を信じて。
そう。寝る前はしっかり自分をいたわる時間を作って。安心して今日は眠りなさい。絶対大丈夫だから。」

そう伝えてあげます。

大切なことは色んなことに目を向けること。

自分の経験談での話ですが、「治す。治す。」と言うことにあまり目を向けなくてもいいのかもしれません。

それよりも

興味があること、気になること、好きなこと、興味のないこと(から興味のないことに気づく)、嫌なこと(から好きなことに気づく)に目を向けること。

自分で自分を決めつけないで、自分には色々な可能性があることを常に意識をすること。

「自分の出来ないこと、ダメなこと」に目を向けるのではなく、生きる上で自分を取り巻く多くの情報や環境に目を向けること。

そんなことを繰り返していくうちに。

現在流れている今の時間や、将来に多くの可能性が秘めていることにだんだんと気づくことができるんだと思います。

そう。そうするとそっちのことに夢中になります。

気づいたら「治す」ということを忘れています。

もしかしたら、目を向ける方向だけ意識してみるといいかもしれません。

治ったきっかけのひとつに。

27歳の時に自分の意志で治したい一心で心療内科を受診することを決断しました。一人で病院に向かう途中に、心療内科を受診する自分を受容することに涙が出ました。

緊張の中で自分の気持ちを打ち明けた後に先生は。

「あっ大丈夫。ふつーだから。」というわずかこれだけの診断で終わりました。

受診するまでに泣いていた自分がなんだったのか、何か腑抜けのような気分になり同時に自分で自分を一番追い込んでいたことに気づきました。

今となって思うことは、人間の心身は浮き沈みあって当然。時間が解決してくれる。感謝があれば乗り越えられる。という風に思っています。深く悩むということは心身の不調には何の意味もないと思っています。

やりたいこと好きなことにエネルギーを向け、今の自分を取り巻く環境に感謝をすることが大切のような気がします。

最後に


FACEBOOKで知り合いになった。ChicaさんのYOUTUBE動画。
過食症を抱えている方。何か感じて貰えたら嬉しいです。

ピンくまの幸せワーク💛

https://www.youtube.com/watch?v=X-pwTIuB6zo